大判例

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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)10271号 判決 1977年1月26日

原告

株式会社 山富

右代表者

山田富夫

右訴訟代理人

曾我乙彦

外二名

被告

株式会社イワイ

右代表者

山田悦三

右訴訟代理人

川見公直

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

当裁判所が昭和四八年(手ワ)第一四九二号約束手形金請求事件につき同年一二月一三日言渡した手形判決を取り消す。

事実

一〜五 <省略>

六、証拠

1〜3 <省略>

4 文書提出命令(被告は商法三五条に基き原告の木村秀夫に対する貸金がない事実、仮りに右貸金があつたとしても既に弁済されている事実を立証するため原告の昭和四八年度の総勘定元帳、貸付金勘定元帳、金銭出納帳等につき原告に対する提出命令を申立て、当裁判所は原告に対し右命令を発したが、原告はこれに応じなかつた。)

理由

一請求原因事実は全部当事者間に争いがない。

二本件手形がベビー本舗会社から秀栄ニツト会社へ、同社から大阪中央信用金庫へ順次裏書譲渡され、同金庫において支払期日に呈示したが支払を拒絶されたので秀栄ニツト会社に返戻され、その後原告がこれを取得したことは、当事者間に争いがない。

三ベビー本舗会社と秀栄ニツト会社との関係についてみるに、<証拠>を総合すると、ベビー本舗会社は取締役の木村秀夫が実質上の経営者で、代表取締役窪昇は名義だけのものにすぎないこと、秀栄ニツト会社は木村秀夫が代表取締役であり、両社はベビー、子供用衣服類の製造卸等その目的が同一で、本店所在地を交互に移転していること、右両社はすべて木村秀夫の指承下にあること、秀栄ニツト会社は営業活動はしておらず、取引口座や買掛金はあるが名義上だけのもので、ニチイと取引するときは秀栄ニツト会社にし、ジヤスコと取引するときはベビー本舗会社にしていたことが認められ、さらに右事実に<証拠>をあわせると、木村秀夫は東大阪信用金庫徳庵支店に木村千鶴子名義およびベビー本舗会社名義の取引口座を、大阪中央信用金庫萩之茶屋支店に秀栄ニツト会社名義の取引口座を設けていること、木村千鶴子の口座ではベビー本舗会社の所有する手形の割引または取立入金をなし、秀栄ニツト会社の口座では同社の手形またはベビー本舗会社の裏書のある手形による入金をなし、ベビー本舗会社の口座では同社の商業手形の取立金と木村千鶴子および秀栄ニツト会社の各口座からの引出金による入金であり、手形は木村秀夫の選択により、ベビー本舗会社、秀栄ニツト会社またはベビー本舗こと木村千鶴子等の名義あてに自由自在に裏書譲渡されていること等が認められる。証人木村秀夫、同居川和敏の各証言中には右認定に反する部分があるが、右は前記認定に用いた各証拠との対比において信用できない。

右事実によると、ベビー本舗会社と秀栄ニツト会社は木村秀夫がその経営の実権を独占的に掌握しているものであつて両社は並存する形式をとつているものの実質上は同一体のものとみるべきである。

四原告とベビー本舗会社、木村秀夫との関係についてみるに、

(一)  原告が貸金業であること、原告代表者の山田富夫、同社の取締役で番頭の居川和敏と木村秀夫とが旧知の間柄であること、ベビー本舗会社所有の丹後町所在の宅地、建物につき四八年五月一一日山木興業株式会社に、同年七月二七日山田富夫が代表者で居川和敏等原告会社の取締役が取締役を兼ねている株式会社富士地所に順次所有権移転登記がなされていること、木村千鶴子所有名義の尼崎市所在の物件につき五〇年一月一四日に原告会社の取締役生野康治名義に所有権移転登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>によると、木村秀夫、木村喜代蔵(秀夫の父)らそれぞれ所有の土地につき四三年一二月五日付地上権設定契約を原因として四四年二月一四日受付で原告を権利者とする地上権設定登記が、また木村秀夫所有の家屋につき同日付貸借権設定契約を原因として同日受対で原告を権利者とする賃貸借設定仮登記がそれぞれ経由されていることが認められる。

(三)  <証拠>を総合すると、ベビー本舗会社は四八年五月一〇日ごろ資金シヨートをきたしたこと、原告は木村秀夫からベビー本舗会社振出の額面五〇〇万円の手形三通(乙第六号証の一ないし三)と他の額面三〇〇万円の手形一通につき割引ではなくただ取立委任をうけて同月一〇日と一一日これを呈示したこと、河越商事は右手形三通の額面計一、五〇〇万円と利息二〇万円、被告は三〇〇万円の合計一、八二〇万円を原告に支払い、右手形を受けもどしたこと(原告が一、八二〇万円を受けとつたことは当事者間に争いがない。)、原告は右取立金につき手数料をとり残額を木村秀夫に渡していること、原告による右手形の呈示は資金シヨートをきたしたベビー本舗会社の経営に関し、被告の出方を見るためであつたことなどが認められ、右事実によると、木村秀夫は自己の経営するベビー本舗会社の手形を振り出し原告に取立を依頼して呈示させ、ベビー本舗会社に割引による右手形の債務がある如く作出し、援助を名目に被告および河越商事をして資金を出させたものと認めることができる。

(四)  <証拠>によれば、ベビー本舗会社が同年五月一〇日ごろ資金シヨートをきたしたあと同社の支払手形一覧表(乙第一二号証の一、二)が作成され、これにもとづき被告、河越商事らが協議し、被告が主体となつてベビー本舗会社の再建援助をすることになつたこと、同年七月一八日になつて原告の配下にある大谷淳二が右手形一覧表に記載のない手形を呈示して支払を求めたこと、そのため被告は援助を打ち切り、ベビー本舗会社は同日倒産したことなどが認められる。

(五)  <証拠>によると、被告は額面四五〇万円の手形六通(乙第二三号証の一ないし六)合計二、七〇〇万円をベビー本舗会社に振り出し、同社は自己の裏書について木村秀夫、木村千鶴子、秀栄ニツト会社などの裏書を適宣なしたうえ同年七月中旬ごろ原告に割引を依頼し、原告はこれを坂口巧に裏書譲渡し換金していることが認められるのであつて、右事実によると、原告は木村秀夫の依頼によつて同人ないしベビー本舗会社の資金調達のため手形割引の便宜をも計つている事実を認めることができる。

(六)  <証拠>によると、木村秀夫の了解で同人が支配していた右会社の工場に原告の看板や居川の表札が、木村の自宅に居川の表札が掲げられ、寝屋川工場の土地、建物については執行官の調べに対し原告においてこれらを賃借占有中と申告して現に占有していることが認められる。

(七)  <証拠>によると、大谷淳二は同年八月八日ベビー本舗会社の倒産後その残務整理をしていた遠山をしてその保管にかかる金員、手形を交付させていること、ベビー本舗会社の私的債権者委員会が設けられ、大谷淳二が副委員長となり、中心となつて整理に関与していたことが認められる。

以上の事実を総合すると、原告と木村秀夫、ベビー本舗会社との関係は木村が原告に対し手形割引や、手形取立を依頼し、右会社が倒産しかけるや原告は木村と意を通じて、債権取立、債務整理の実行、あるいは不動産等の管理、占有をなして倒産会社の整理に関与しているものであつて、両者は非常に密接な関係にあるものということができる。

五原告の秀栄ニツト会社または木村秀夫に対する金五、〇〇〇万円の貸金の存在について検討するに、甲第一二号証(帳簿)および証人木村秀夫の証言により成立を認める甲第九ないし第一一号証(借用書)には、原告が木村秀夫に対し同年七月二八日金六五〇万円(ただし内金二〇〇万円は七月二五日の登録免許税立替金)、同月三一日金二、五〇〇万円、八月四日金一、八五〇万円を貸し付けた趣旨の記載があり、右証書および証人居川和敏の証言中には、これにそう供述部分があるが、これらは既に認定の事実および以下認定の事実によつて認めることができる次の各事情にてらしにわかに措信できず、他に秀栄ニツト会社名義の領収書など同社が借り受けたと認めるにたる証拠もみあたらない。

(一)  原告主張の貸金はベビー本舗会社がすでに倒産したのちであり、しかも原告が木村の委任で手形の取立をなしたり、ベビー本舗会社の事情に深く関与した以後に貸金業者である原告がわざわざ合計五、〇〇〇万円に及ぶ金員を貸与することは疑わしいこと。

(二)  原告は、原告が主張する右金員貸与の日より前、木村の委任によりベビー本舗会社の振出手形(乙第六号証の一ないし三)をいかにも割引手形かのように装い呈示して被告の出方をうかがい、被告および河越商事から金員を取得するなど(前記四の(三)で認定の事実)、ベビー本舗会社に対し架空の債権を工作していたこと。

(三)  前記甲第九ないし第一一号証の借用書は、その記載の態様、体裁にかんがみ、貸金業を目的とする会社が六五〇万円から二、五〇〇万円という大金ともいえる金員の貸借につき債務者より徴する借用書としては一般的に用いられているものと相違して粗略なものと考えられること。

(四)  <証拠>によると、川口敏光は木村秀夫から同人の経営する株式会社木村商事のマンシヨンの建築工事を請負い、その代金としてベビー本舗会社振出の額面五〇〇万円の約束手形五通合計二、五〇〇万円を受取つたが、設計変更等により同年四月から五月にかけて一、一四七万円で清算し、右手形二通と三五三万円(一通の手形金額から一四七万円を差引いたもの)を同人に返還することとなり、右返還をした際、同人からベビー本舗会社を潰すことになつたが何とか名目を作らなければならないので四、五千万円位の債権者になつて請求書か領収書を出してもらえないかと依頼されたことがあり、そして川口は右依頼を断つているが、その際木村は千原正一、山田商店等多数の債権者名と債権額を記載したメモ書きを持つており、それらは総額一億五、六千万円にもなつていたことが認められるほか、前掲乙第一二号証の二によると、ベビー本舗会社作成の支払手形一覧表中には、千原正一、山田商店、川口商店等に対する多額の支払手形の記載がなされていることが認められ、これらの事実により木村はべビー本舗会社の倒産につき架空の債務の存在を工作していたことが認められること。

(五)  証人居川和敏の証言中には、原告提出の甲第一二号証が原告の唯一の商業帳簿である旨の供述部分があるが、右は同号証によると、右帳簿は現金の収支に限られ、相殺処理など現金収支を伴わないものは記載されてないこと、原告の主張する本件貸付は右帳簿の入、出、残の各記載欄では貸付の日付、金額が合致してなく、横のページにメモ書き的な記載があるだけであること、右帳簿は別段勘定と題しているほか貸付金勘定、借入金勘定、元帳勘定振替等他に元帳その他の商業帳簿の存在を前提とする記載があること等の事実により、その記載内容のずさんさと相俟つて甲第一二号証を原告の唯一の商業帳簿といい得ないものと認められることに照らして、にわかに措信できず、他に同号証を以て原告の唯一の商業帳簿と認めるに足る証拠もなく原告が商人として然るべき商業帳簿を有していることを否定できないのであるから、原告が当裁判所の商業帳簿簿の提出命令に応じないことによつて、民訴法三一六条にしたがい、原告の商業帳簿には原告の秀栄ニツト会社または木村秀夫に対する原告主張の貸金が記載されていないものと認められること。

(六)  <証拠>によると木村千鶴子名義の当座勘定口座から同年四月一七日以降五月一〇日までの間引出金が多く同日の残高が金七円あること、<証拠>によると秀栄ニツト会社名義の当座勘定口座から同年四月以降五月一〇日までの間の引出も多額にのぼつており同日の残高が金六八二円であること、成立の争いのない乙第三五号証の一ないし四によるとベピー本舗会社名義の当座勘定口座の同日の残高が金三、八六三円となつていることが認められ、右事実によると木村秀夫が同日までに多額の金員を引出し、口座を零近くにし、これら現金を所持していたことが推認されること、さらに<証拠>によると、同年五月一九日ごろ原告から木村秀夫に対し前記四の(三)で認定の一、八二〇万円の中から手数料を控除した一、六三八万円ないし一、四五六万円が交付されていること、<証拠>によると、木村秀夫は同年五月二八日から七月一四日までの間乙第一二号証の二に記載の川口商店、千原正一、山田商店、山崎商店、広瀬商店等に対する債務の支払分として被告から援助を受けた合計三、四〇二万円につき右支払をなさず手許に置いてこれを収得していること、成立に争いのない乙第三九号証の一ないし四によると、木村秀夫は同年五月一〇日木村千鶴子の土地売買代金として株式会社山善から同社振出の額面四、〇〇〇万円、満期同年一二月三一日の約束手形の交付を受け、その後も引続いてこれを所持していたことなどが認められ、右事実によると、木村秀夫は同年七月末から八月初旬にかけて当時多額の現金や手形を所持し、原告から五、〇〇〇万円を借入れる特段の必要もなかつたものと認められること。

(七)  証人木村秀夫の証言中、右借入金の使途についての供述は二転、三転し、債権委者委員会に債権届をしていなかつたところばかりに支払つたと述べるなど右供述部分の信ぴよう性はうすく、使途が明らかでないこと。

六以上認定した秀栄ニツト会社とベビー本舗会社ならびに原告と木村秀夫、ベビー本舗会社とが特別な関係にある事実をあわせ考えると、原告主張の秀栄ニツト会社ないし木村秀夫に対する金五、〇〇〇万円の貸付は、原告がベビー本舗会社の倒産、会社整理に介入するために木村秀夫と相謀り仮装したものであつて、本件手形もまた担保を名目に取得した如く仮装したものと推認することができる。

そうだとすると原告の本件手形の所持は単に所持するのみであつて正当な権利にもとづくものとは認められず、被告に対し右手形上の権利を主張できない。よつて被告のこの点についての抗弁は理由がある。

七以上被告の抗弁は理由があるから、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく既に理由がないから失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、右請求をすべて認容する本件手形判決は右の結論と符合しないから、民訴法四五七条二項によりこれを取り消すこととして主文のとおり判決する。

(高田政彦 山崎健二 清水正美)

約束手形目録(一)、(二)<省略>

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